東京高等裁判所 昭和26年(う)5553号 判決 1952年5月13日
控訴人 被告人 山坂教経
弁護人 沖田誠
検察官 中條義英関与
主文
原判決中有罪部分を破棄する。
本件公訴中右有罪部分に関する公訴を棄却する。
理由
弁護人沖田誠の控訴趣意は本判決末尾添附の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これについて判断する。
第一点所論に基き本件記録及び当審において証拠調をした各書証によれば、被告人山坂教経に対しては、さきに昭和二五年一月二五日原審に対し被告人は(一)昭和二四年一〇月一五日頃山梨県北巨摩郡清春村片颪押野地内の埴原栄蔵耕作の蒟蒻畑において同人所有の蒟蒻玉約二三貫匁時価約一万二千五百円相当を窃取し、(三)同年一二月三一日頃右同字地内の埴原一雄耕作の蒟蒻畑において同人所有にかかる蒟蒻玉約六〇〇匁時価約三百円相当を窃取したとの事実につき起訴せられ(以下同事件を第一事件と称する)、昭和二五年三月二八日その第二回公判期日において裁判官の被告人に対する人定尋問に続いて検察官の起訴状の朗読が行われ、次いで弁護人沖田誠から同事件については同年一月二七日原審より被告人に対して起訴状の謄本送達の意図に出たと思料される書類が送達されたが同書類には謄本としての認証がないから右は起訴状の謄本とは謂い得ず而して其他法定期間内に適式な起訴状謄本の送達がなく起訴はその当初にさかのぼつて失効したから公訴棄却の裁判ありたい旨申立て、同年四月一一日第三回公判期日に同弁護人から右不送達の事実立証のため右送達にかかる実際の書類として起訴状と題する書面の提出あり公判期日は次回に続行されたが、原審は同年五月二日第四回公判期日は法律関係取調のため変更する旨宣し、その後同月二四日頃原審から同事件起訴の検察官に対し同事件については起訴後二箇月以内に起訴状の謄本が送達されなかつたから、起訴はさかのぼつて効力を失つたものと認める旨通知したのみで、爾後全く訴訟手続上の処置をなさざること並びにその後同年五月三一日右と全く同一犯罪事実につき更に原審に公訴が提起せられ(本件)、同年六月二七日その第一回公判期日に弁護人沖田誠から本件はさきに被告人に対して為された第一事件が未だ原審に係属中なるに拘らず更に提起されたものであるから公訴棄却ありたい旨申立てたが原審はそのまま審理を進め、その公訴事実中前記(二)に相当する蒟蒻玉約六〇〇匁窃取の事実を有罪と認め、その他(一)を無罪とする判決をなし、右有罪部分につき被告人から本件控訴に及んだこと並びに第一事件につき被告人に送達された起訴状謄本と称する書面には起訴状謄本としての認証を全然欠き謄本たるの形式を具備しない書面であることいずれも明白である。かくの如き書面はこれを起訴状謄本というを得ないこと勿論である。従つてかかる文書が被告人に送達されたからといつて被告人においてこの点につき責問権を抛棄しない限り公訴提起を有効ならしむるものでないから、起訴後二箇月以内に適式な起訴状謄本が被告人に送達されなかつたことにより第一事件はその起訴にさかのぼつて失効したと認むべきである。然るに原審は第一事件につき被告人に送達せられた起訴状謄本なる書面が不適式なるものであつたことに気づかずして公判を開廷し前記の如く検察官の起訴状の朗読を経て訴訟を進行せしめたのであるから、訴訟は形式上原審に係属し訴訟関係を生じたと解すべきである。既にかくの如く形式的訴訟係属を生じた後は刑事訴訟規則第一七六条第二項後段の検察官に対する通知だけでは訴訟関係を終結せしむることはできない。これを終了せしむるには終局裁判の手続を履まなければならない。即ち刑事訴訟法第三三八条第四号該当の場合に準じ判決を以て第一事件につき公訴棄却の判決をなすべきである。而してその裁判の確定を待つて初めて同事件の係属は終了する。然るに、この措置に出でず、検察官に対する右失効通知のみによつて既に係属終了と速断し、本件公訴が第一事件係属中同一犯罪事実につき同一裁判所に重ねて提起されたものなることに思い至らず、本件公訴を棄却せず公訴事実の実体につき審判したのは不法に公訴を受理したもので破棄を免れない。論旨は理由がある。
そこで、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第三七八条第二号により原判決中本件控訴にかかる有罪部分を破棄し、而して本件は直ちに判決することができるものと認めるから、同法第四〇〇条但書により更に判決することにし同法第四〇四条第三三八条第三号により本件公訴中右有罪部分に関する部分を棄却することにして、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 佐伯顕二 判事 武田軍治 判事 真野英一)
控訴趣意
第一点原判決は其の理由に於て被告人は昭和二十四年十二月三十一日頃北巨摩郡清春村片颪押野地内の埴原一雄耕作の蒟蒻畑に於て同人所有に係る蒟蒻玉六百匁位、時価約三百円相当を窃取したものである。と認定し懲役一年の実刑を科したのである。而しながら右事件に付ては本件控訴前即ち昭和二十五年一月二十五日に同一の事実に付き原審裁判所に公訴の提起があつて右事件は第一、二回の公判が開かれ検察官より起訴状の朗読があり審理が開始された上、公判は続行されて居るのである。然らば被告人は右事件に於て先づ第一に起訴の事案に付き裁判を受けなければならない。又其の裁判を要求する権利があるのであるが、原裁判所は其の点に付き起訴状の謄本が適法に被告人に送達されて居なかつたから当然失効したものだとして何等の裁判を為さないのである。しかし起訴状の謄本が起訴後二ケ月内に被告人に送達されなかつた場合とは本件のような場合に当るのではない。形式的には謄本の送達があり公判が開始され、第一、二回の公判が開かれ被告人の人定審問続いて検事の起訴状の朗読があり被告弁護人より陳述があつて審理は続行されて公判期日未定の侭となつて居るのであるから、右開廷され続行された裁判は形式的にも実質的にも同裁判所に繋属して居り被告人は依然被告人として公に開かれた裁判所に於て裁判を受ける義務と権利が存在するものと云い得るのであるから原裁判所は其の続行された公判に於て新に期日を定め又は期日の定めを為さなくとも其の事件に付き何等かの終局的裁判を為して事件を終結せなければならない。又関係人としても其の終局が如何になつたかを知り得る(又は要求する)機会と事実がなければならないことは事理当然のことと信ずる。
右の事情であるのにかかわらず原裁判所は起訴状の謄本が不適法であるから当然失効したと一方的に取極めてしまつて記録の上に於ても、事務処理の上に於ても之を認め得らるるよう何等の処置を採つて居ない。右の事実は被告人としては同一の事実に付き審理が二つ繋属することとなり起訴された前後の関係に於て当然先きの起訴に付き審判を受くべきは理の当然と考へられるから憲法の所謂一事不再理の原則に反して本件の公訴は当然却下さるべき筋合であるのに事ここに出でない原判決は憲法違反と信ずる。